恋慕

雨が止んで、いささか気が削がれた。

 

 中禅寺は、番傘を閉じて空が晴れて空気が澄んでいることにひとり、笑顔を見せた。あまり、普段、彼は優しげな笑顔は浮かべない。仏頂面でいることが、彼の仮面になっているのだ。

 

 雲は完全にまばらになり、先程まで立ち籠めていた灰色の雲は、足早に東南のほうへ駆けて行って、淡い黄色のちぎれ雲が、いくばくか、午後四時半を過ぎたあたりの西日で黄金色に輝いている。あまりの美しさに、つい破顔してしまったのだ。

 

それにしても、雨に、気が削がれたのは、色々と暗いことを考えていたからである。またも、関口のことだ。彼の、時々攻撃的になる性格が、いささか、厄介であったため、彼もそれを悩んで暗くなっていたのだ。

すでに時は、午後五時を回った頃だろう。辺りは暗くなっていって、肌寒く感じる。夏場だけれど、薄手の羽織が必要だろう。

足早に、家に向かう。なんとなく、嫌な感じがして、空を見上げると、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。今夜は、荒れる気がする。南で発生した積乱雲が、東京にやってきて、土砂降りになる、たしか、新聞の天気予報で、そんな風に書いてあった。天気予報は、外れることもあったが、中禅寺の家で取っている新聞の天気予報は、だいたい当たる。

 

今夜は、荒れる。

 

しかも、良くない予感はそれだけではない。京極堂は、凶相を浮かべると、さっと自宅に戻ってきた。玄関の灯りが、彼を迎える。

奥方が、「今日は、近所で、寄り合いがありますの。ですから、でかけてきますね」と言って、せわしなく、ほっかむりを脱ぐと、なにか荷物を抱えて慌ただしく出ていった。亭主は、挟む口すらない。しかめ面をしながら、自室の座敷に向かうと、そこにはすでに夕飯が、湯気をあげて置かれていた。布団も敷いてある。

 開け放たれた庭からは、ざわざわと夜の生暖かい風が、向かいの木塀の内側にある木々を揺らして、どうにも怪しい気配。口の端をむうっとひんまげると、「よくない」と凶相のまま、席に座る。あじをつまんで、まずそうに食べながら、「……関口君」と、ため息をついて虚空を睨みつける。暗い雰囲気は、室内にも入り込んできて、夏場にしては、冷たい風が、室内をさらに鬱々とさせる。 

 京極堂は、席を立つと、雨戸を締めにかかった。外は雨風が、強くなってきている。座敷に雨が振り込んでこなかったため、外が、そこまで異常だと気が付かなかった。はっとした。気がつくのが遅い。あわてて、引き戸をひっぱって閉めようとして、庭に、関口が、

 

庭に、関口が、雨ざらしでだらしなく立ち尽くしているのに気が付かなかった。

 

彼は、陰鬱な表情で、どこか思いつめた表情で京極堂を見上げている。不気味で、纏わりつくような表情に、京極堂は言葉を失って、「関口くん、そこでなにをしているんだい」と、声を絞り出すのが、精一杯だった。

 

京極堂、君のせいだ」

 

そう言う関口の左手には、万年筆が強く握られている。

 

「関口君!」

 

振りかぶってきて、ペンを中禅寺に突き立てようとする。関口の面持ちは醜く歪み、中禅寺は、突き立てられるすんでのところで手首を掴んで、関口の殺人欲を止める。中禅寺は、かっとなって、激高した。

 

「なにをやろうとしているんだ、君は、関口、阿呆か!?君は、殺す気か!!!」

「中禅寺、君は全然僕の気持ちを汲んでくれないから」

「汲むとはどういうことだ!」

「だって、そうだろう、僕は生きているのが、苦しい。君は、分かっているはずだ。早く死にたいのに、殺してくれない。君は、それを分かってくれない。だから、中禅寺が、憎たらしいから、僕は、君に…、君に、刃を立てようと」

「は、それが僕の責め方、君の生き様か、笑わせる。では、僕が君を殺してやろう。しかし、僕は君を殺したことで、殺人犯の汚名を被る。そういうのはね、関口、僕は嫌だからね。だから、僕は、そんな汚名、いらないから君を殺すことはできない、分かっているのか、君は」

そういいながら、中禅寺は、ペンを投げ捨てると、彼に歩み寄り、両手の手のひらで、彼の頭を包むと、おのれの額に関口のひたいをぴたりと当てて、こう囁いた。

「君を助けることは、僕はできる。いいかい、君を助ける。しっかりしろ、慰めてあげられるのは、僕ひとりだ」

そう、彼の唇に自分の息を吹きかけながら、中禅寺は、呪をかける。

「いいかい、君は駄目人間だ。それを助けられるのは、僕ひとりだ。宿世の因業を解脱するのはすべからく。分かっているかい?僕、君にはひとりだけだと考えろ」

そういうと、関口は、すっかり雨に濡れて冷たくなった体で固まって、大きく目を見開き、驚くものを見つめるように中禅寺を不安そうに見上げる。にわかに下腹部が怪しくなるのを、気のせいにしながら、中禅寺は、「行こう」と、彼の手を取って、座敷に行くことを促す。呪いにかかったが、まだ興奮している彼は、しなびた靴を脱いで手を引かれるまま座敷にあがる。

「いいかい、関口くん、君は、分かっていないんだから…」

関口が、縁側で止まって、韻を踏むように、拒否の姿勢を取る。つんのめった中禅寺は、彼の手を取ったまま、振り返って、怪訝な顔をする。

「中禅寺、分かっているのかい、僕は君のそういうところが_____、」

「もう、後戻りできないだろう、いつものことだ」

そう言って、中禅寺はかすかに嫌な笑みを浮かべ、すぐに真顔に戻ると、「いこう」とひっぱる。

(今のは、好き者の笑みだ)と、関口はいささか気になる表情を浮かべると、ぐいっとひっぱられる。

 

あとは、いつものお決まりの展開だ。

 

風呂場に着くと、奥方の用意してあたおあつらえむきの湯気の立つ草湯を中禅寺は、引き戸を開け、ちょっと確認すると、雨に濡れそぼった関口の衣服を脱がし、背中を、優しく、避けられないように押して風呂場に二人で入る。彼もすでにさっさと服を脱いでいて、「なに、気にすることはない。男同士だろう」と、片眉を吊り上げ笑う。関口は均整の取れた彼の体に、目を背けながら、お風呂釜の、お湯の中に突き落とされるように押され、もつれあって二人して入ると、

お湯に、背中からばしゃんと座るとすぐに足を抱え上げられ、あられもない姿勢を取らせられ、前から、中禅寺に力づくで押さえ込まれ、体の中心、その間に、彼の意外と長く細いようで太い男根を、挿入され、抜かれ、抜き差しを繰り返す。カリ首のかさの部分が異様に立派な彼の男根が尻の奥、手前を浅く深く抉るたびに関口の喉から「あァ……!ひぃ…あっ!」切ないようなかぼそい悲鳴がお風呂に響き渡り、抵抗しようとしても彼は容赦なく蹂躙す。

「あ、あ、あ、…あぁ…!中禅寺っ…!もう…!」

「関口君は、好き者だからね、分かっているよ」

中禅寺が、挿入しながら、せせら笑うように言って

「…嗚呼…いい…!」と、何回か目の絶頂を彼に叩き注ぐとぐいぐいと結合部分を彼のそこに密着させ、押し付けてまた抜き差しを始める。

ばちゃばちゃと快楽にいつまでも若く幼い体が、抵抗をしようと拳を振るおうとしながら、お風呂釜の中で体を、よじらせる。それをむだな抵抗とばかりに、責め立て、若い関口のからだは風呂釜の中で、弾けまわる。関口は時折、「中禅寺、死んでくれ!」と泣き叫び、「関口君、無駄な抵抗をしないほうがいい」と中禅寺は言い包めるように言って、笑いながら云い、少しだけ悲しそうな表情をしてから、まあいい、と笑顔を浮かべ、両腕で、いよいよ彼を抱きしめて、「関口君…関口君…」と想いのたけを、彼に注ぎ込む。

そのぶつかり合いは、何時間も続き、最後の関口への注入は長く尾を引き、軽く腰を揺らしながら、ぐっと押し込むと行為を終える。当然風呂の中のお湯は惨憺たるものになり、どろどろになりながら、上がった二人は、タオルで体を拭くのも早々に、布団に移ってまた続きを、中禅寺に関口は行為を、強制する。

そこで行われることも、同様のことだった。 

ゴオオオオ…!キシ、ギシ、ミシ…

嵐は激しさを増し、家はきしんで、壊れるのではないのかというくらいの嵐だ。

急に関口が、咳き込んで、呻きながら、泣き出した。

「僕は…、僕は…、中禅寺…!」

「関口くん!」 

ひっくひっくとしゃくりあげ、関口は、泣いている。

「関口くん、泣くことはないから」 

「でも、僕は、中禅寺に、ひ、ひどいことを、僕は狂っているんだ!」 

「そんなことはない!関口くん、だって、僕は嬉しいんだよ、そんなに僕に執着してくれて」

顔をしかめた中禅寺が、関口の肩のところに両腕をついて、すでに甘く、挿入してある腰を上下に動かせる。

顔を天井にむけた関口が、口をわななかせて、必死にあえぐ

「ああ!ああ!ああ!」

「心配することはない。僕はここにいる。僕はここにいるからね」 

「ああ、ああ、ああ…!」

「関口くん…関口くん…!」

中禅寺の責め苦は朝まで続き、明け方近くなると、廊下に関口のすすり泣く声が、響き渡っていて、まだ行為が、終わっていないことが分かった。

 

関口の脆弱な神経は、中禅寺の乱暴な構い方でかろうじて、此岸に繋ぎとめられていた。

関口は、中禅寺の無数の責め苦を求めながら、彼をうとい嫌っていた。心底憎みながら、性の奴隷、そこから抜け出せられないことを分かっていた。だから、せめてもの抵抗に、彼の命を狙う。いっそこの恋慕に死にたいと思う。

 

「関口くん、君も吸うかい?」

事が終わって、差し出された煙草を受け取りながら、関口は、煙草を握りつぶしたいと思う。先程の、嵐のなかの責め苦が嘘のようだ。

「君には、ほんとうに迷惑をかけさせられる」

 

中禅寺は、いささか、その密かな凶暴性が、怖い。関口は元々目つきが悪い。そんな彼をいつまで管理できるか。つなぎとめていられるか、その凶暴性を押し込められ続けられるか、心配だった。不安だった。